2012年 05月 01日

ふと気がつけば、日の出は早く、日暮れは遅く...一日がずいぶんと長くなったことに驚かされます。街を、そぞろ歩けば、陽射しは存外に強く汗ばむ日々。
つい半月ほど前には、まだ柔らかい黄緑色で初々しさを纏っていた木々も、もうすっかり深い緑に染まっていました。和菓子やのウインドウに並ぶ、季節の和菓子も、柏餅やら粽やら、緑色で包まれたもので、そういえば、キリッと爽やかなたたずまい。
皐月は、日常のそこここにはらむ夏を探して楽しむ季節でもあります。
ということで、今月の年中行事と記念日です。☆◎◇の先には、昨年のものではありますが詳細が。よろしかったらそちらもどうぞ。
◆八十八夜...5月1日→☆

八十八夜は、立春を第1日目として数えて88日目。これは、日本の気候に配慮してつくられたメイドインニッポンの「雑節」という暦日のひとつです。
この日がきたら、茶畑では茶摘が、一般的には、農家での種まきの始まり。そして、八十八夜より四日後は夏の始まりである立夏です。ああ、季節の巡るのはなんと早いことでしょうか。
◆憲法記念日...5月3日→☆☆
私たち日本人が寄って立つ、もっとも大切な法律「日本国憲法」。なのに、なんだかなじみが無くて、日々一行も読むことなく暮らしがちな私たちニッポン人です。せっかくの記念日ですから、たとえば、長い休みの1日だけでも、手にとって読んでみると決めるのはいかがでしょうか?
◆清正公祭...5月4日・5日→☆☆☆
白金の五月祭・清正公大祭は、その名のとおり、秀吉の家臣として活躍した武将・加籐清正公にちなんだもの。いつもは閑静な境内の内外に、長く連なる露店に参拝者で賑わい、通称「清正公様(おしょうこさま)」の人気振りがうかがわれます。祭期中にしか授与されない、真鯉に緋鯉が矢車つきの竿に泳ぐ「開運出世鯉」も端午の節句にふさわしく洗練された意匠の縁起物。◆端午の節句...5月5日→☆☆☆☆
江戸時代のことを調べれば、端午の節句となれば、空には、高々と鯉の意匠の「幟」やら「吹流し」やら...。東京の空は、ビルで囲まれ狭くなり、鯉たちには厳しい環境となりました。...なんて思いつつ、仰ぎ見れば、屋上やらアパートのベランダやらに、けっこう悠々泳ぐ鯉のぼりたち。それはそれでけっこうオツな光景でもあります。◆亀戸天神の藤まつり...4月21日~5月6日→◎
薄い紫色の花が房状にたっぷり咲いて、4月の下旬ごろから開花を始めた藤もそろそろ最後の見ごろを迎えています。亀戸天神には、そんな藤棚があちらにもこちらにも。鳥居をくぐって境内に入り、正面の太鼓橋に上がって眺めれば、あたりは一面の藤の海です。◆夏祭り→◎◎
ゴールデンウイークが終わっても、東京の下町は落ち着けません。いよいよ夏祭りの季節到来でかえってヒートアップ。祭りは、まず下谷神社が先鞭を付け、浅草三社祭で最高潮。その後も、小野照崎神社、湯島と上野五條の天神さん...と、けっきょく、5月いっぱい、いや6月までも、東・東京のいづれかの町並みで、いつも神輿を担ぐはっぴ姿を追うことになります。下谷神社例大祭...5月11~13日
三社祭...5月17日~20日
小野照崎神社...5月18日~20日
湯島天神祭...5月25日~27日
上野五條天神祭...5月25日
◆神田明神祭...5月→◎◎◎
神田明神の大祭・神田祭は、かつて、「神輿渡御祭」と呼ばれ、豪奢に飾り立てられた山車が連なり、江戸市中を練り歩くのが祭りのクライマックス。当時は、将軍家の産土神である日吉山王権現(現在の日枝神社)ともに、天下祭とも呼ばれ江戸城内に山車を入れることを許され将軍の上覧を配しました。その面影を今に残す、大祭は隔年、今年は影祭ですが一応。◆百人一首の日...5月27日→◎◎◎◎
「百人一首」は、鎌倉時代は1236年の今日、歌人の藤原定家によって選定されました。和歌は、大化の改新の中心人物・天智天皇から鎌倉時代の順徳天皇(順徳院)によるものまで、約600年の間に詠まれた中で優れたものを歌人一人一首ずつ選んで構成されたもので、正式な和歌の並びも時代順。歌カルタを覚えてしまえば、ちょっと日本史に強くなります。◆卯月八日...今年は、5月28日→◇
旧暦4月8日、卯月八日は、農業暦的に重要ないち日。かつては、この日を「山の神の祭日」として農家は田畑に入って働くことを忌み、高い山に登って花見をしたり海のほうをながめたり、飲食などもして、山のカミサマを里に迎える行事を営んだそうです。# by michiru-hibi1007 | 2012-05-01 07:00 | 年中行事 | Trackback | Comments(0)


インゲン豆の旬は夏なのに、その記念日は4月初旬?実は、このインゲン豆を大陸から伝えた禅宗の高僧、隠元さんがなくなったのが、1673(延宝元)年のこの日だからとか。インゲン豆...って、こりゃまた、ど偉い名前を冠された豆なのですね。
奈良に春を告げる薬師寺の「花会式」。
4月8日は、お釈迦様の誕生日。
今日は、大仏の日。その由来は、752(天平勝宝4)年、奈良・東大寺の大仏さまの開眼供養が行われたのが今日だったから...だそうです。が、そんな名の日ならば、我が関東地方の鎌倉大仏様にお会いしたくなるというもの。うららかな日々、ちょっと鎌倉観光にでもくりだしましょうか。
「4」と「十」を上下に合わせると「弁」という文字に似て見えるから、4月10日は、駅弁の日なんだそうです。うーん、こじつけ臭いですね。しかも、さらに7月16日には「駅弁記念日」というのもあって、そちらは、宇都宮駅で初めて駅弁が発売された日とか。駅弁をめぐる日が、1年に2回もある、日本人=駅弁大好きを語る記念日ってことでしょうか。
江戸時代の後期、寛政12年(1800年)閏4月19日。伊能忠敬は、蝦夷地の測量を行うためにこの日、江戸を旅たちました。その輝かしい事実に由来し、この日は地図の日なんだそうです。そして、この伊能忠敬という人の生き様は、さながら「人生の地図」のようでもあって、現代人の生き方見本にだって遜色なし。実にカッコイイ日本人のひとりです。
4月下旬となれば、根津神社のつつじ苑のつつじは最盛期。様々な種類のつつじの花が、赤やピンクやオレンジやとその開花を競います。ちなみに、神社境内のつつじ苑は約2000坪と広大、つつじが約50種3000株もあって、その開花の様子が時期によって微妙に違い、長くつつじを楽しむことも可能です。
根津神社にてつつじ祭りが始まれば、本殿の傍らに美しく積み重ねられる「厄除け粽」。笹だけで巧に作られ、「厄除け粽」と書いて巻かれた白い紙も清々しく、笹の香りが漂ってきそうです。この「厄除け粽」は、つつじ祭りの時期だけしか授与されず、もとめて家の入口にに飾って家内安全、厄除けを願います。
ずいぶん前に編纂された「牧野日本植物図鑑」ですが、今も、植物好きのバイブルのひとつ。4月24日は、その植物図鑑を作った植物学者、牧野富太郎博士の誕生日です。それにちなんでこの日は、植物学の日でもあるそうです。
昭和の時代の4月29日は、「天皇誕生日」。それが、「みどりの日」になったのは、昭和天皇が崩御された1989年で、さらに2007年に「昭和の日」と呼び名を変えて、「みどりの日」は5月4日に引っ越しました。それでも、4月29日の朝は「今日はみどりの日」という感じがしてしまうのは、この日生まれたその人が、生物学者として植物に造詣が深かったからかもしれません。














節分の夜にまく豆「福豆」は、節分の日よりも前に炒って、しばらく神さまにお供えしておくというのが作法なんだそうです。だからか、各神社ではずいぶん前から福豆の授与がはじまっていました。
節分祭は、初春の一大イベント...でもあるようで、豆まき以外にも、神社のご祭神と由来をもとにざまざま工夫を凝らした催しが見られます。
2月、最初の午の日は、お稲荷さんのご縁日である初午祭。かつて稲荷ブームともいえた江戸の町では、この日の賑わいはそうとうなものだったとか。王子稲荷神社には、2月午の日凧市がたち、火防の凧が授与されます。ことしは三の午まで。
今日は、折針、古針を持って浅草寺の淡島堂へ。それを、豆腐にさして供養します。いつも静かな境内の賑わい振りにも驚いて、巨大なお豆腐にもまたびっくり。
紐解いてゆけば、ちょっとはっきりしない建国記念日の由来。かつては、きな臭いことにも使われて、ぼんやり休むだけでなく、きちんと知っておきたいこの日のこと...と思います。
2月15日は、お釈迦様が80歳で入滅された日...つまりご命日。東京ならば、芝の増上寺とか浅草・浅草寺とかでは、所蔵の涅槃図を境内に麗々しく飾り、特別な法要も行われます。
二=ふ、二=じ、三=さんと完全な語呂合わせですが、2月23日は「富士山の日」。葛飾北斎の代表作「冨嶽三十六景」のうち、江戸から見た富士山の絵は18図ですが、とにかく、江戸の町というのは、天候に恵まれさえすれば、いつでも富士山に出会えたんだなぁとうらやましい。
2月25日は菅原道真公の命日。亀戸天神では、今日を命日として、「菜種御供」という神事が執り行われます。
