1日1つの「日本的!」な楽しみ


by michiru-hibi1007

アメ横の買物納め                 戊午(つちのえうま)の日・旧暦12月5日

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いよいよ年末の買物納め。
東京の東は、上野から御徒町の山手線高架下に伸びる商店街「アメヤ横丁」が、もう人、人、人で大混雑のはずです。
はず...と言っているのは、実は、年末にかかるまえの12月中旬。豆や昆布の乾物類や量は多いがほかで買うより割安の冬みかんなどを仕入れに出かけ、ついでに、カニやら鮭やら筋子、数の子、鱈子...などの店を冷やかして(もちろん買わず)、空いてるうちにアメ横の買物納めは堪能してしまった次第です。

アメ横市場の歳の瀬の混雑は、もはや東京の冬の大切な風物詩。
今日眺めた、東京メトロ駅の季節のポスターには、<年末にアメ横に行く人の数は、年末年始に海外に行く人の3倍、なんと約190万人!>などと景気の良いコピーが踊っておりました。
190万人とは、昨年末12月27日から31日までにアメ横にやってきた人の数なんだそうですが、「たった4日間で、そんな夥しい数の人があの狭い通りにどうやって入る?」と、ちょっと信じられない。
とにかくその辺の祭りなどは簡単に凌駕する混雑ぶりなんです。そこで、お財布を出したり引っ込めたりなんて恐ろしい。
...毎年ニュース映像を眺めつつ、あの混雑では、スリの方とかぜったいいらっしゃるだろうなぁ...と、余計なことをただひたすらに心配してみたりしてきましたが、いやぁ、ポスターに教えられた数のせいで、今年はその混雑がさらにずっとリアルです。

アメヤ横丁は、<戦後のもののない時代に、アメが売られていたからこの名がついた>というのが、その界隈を通るコミュニティバズめぐりんの聞きなれたアナウンス。
「アメリカさんの中古の家具とか、アメリカ製の電化製品なんか売られていたから、みんなアメリカ横丁って呼んでいてね」...というのは、東京下町で戦中戦後を過ごした、今は亡き伯父の話。
どちらにしても「アメ」横になる運命だったココは、もとは、東京大空襲で焦土と化して、そこに自然発生的に出来た闇市だった場所。
当時は、バラック建ての屋台や露天が並び、モラル無きマーケットのひとつでもありました。蔓延する暴力、愚連隊なども横行する怖いエリアでもあったのですが、一方、そこは、なんとしても生きて新しい日本を作ろうというエネルギーに満ちた場所でもあったはずです。

だからかどうか、平和で安全な商店街になった今でも、躍動感に満ち満ちている。
そう時をあけずに訪ねているというのに、突然、新しい店が登場したり、なくなったり...と、新陳代謝が盛んなわりに、老舗も多い。
そして、いろいろあっても、ここが元気ならば、なんとかなるさと思わせてくれる不思議な場所でもあります。

一度はあの臨場感を体験してみたいなぁと思ったり、「ぎりぎりに行けば、本気で叩き売り合戦が面白いよ」とか噂に聞けば、ちょっと惹かれるものもありますが、早々に買物に行ったアメヤ横丁だって十分に元気。
もちろん、今年はいろいろあったけど、来年はきっと大丈夫、そんな風に思ったものです。
...来年も、きっときっと大丈夫。
by michiru-hibi1007 | 2011-12-29 12:56 | 年中行事・祭・縁日