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1日1つの「日本的!」な楽しみ


by michiru-hibi1007

神田明神の二福神像     乙亥の日・旧暦12月22日

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神田明神さんは、お江戸の総鎮守といわれた頃には、将軍サマから江戸庶民にいたるまで、そこに住まう者を分け隔てなく守り、現代だって、氏子町の範囲は、神田、日本橋、秋葉原、大手町・丸の内など108町。その人口密度を考えてみれば氏子の数も、日本一といってもいいんじゃあないだろうか。
どうなんだろう?

その神田明神がお祀りするカミサマは、大己貴命(おおなむちのみこと)つまり別名大国主命(おおくにぬしのみこと)、少彦名命(すくなひこのみこと)、平将門命(たいらのまさかどのみこと)の御三神。

ことに古くからお祀りしている大己貴命、少彦名命は、古事記ワールドのお方。手を携え協力体制にて、葦原の中つ国=つまり日本国土を作ったカミサマ方です。
そんな方々が祀られているこその御由緒の深さとも申せましょうか?
ことに、この神社では、そのまま大己貴命=大黒さん、少彦名命=恵比寿さんと、同じ神格として扱われ、大黒&恵比寿がことあるごとに大活躍です。

まずは、お正月早々から授与いただける「二福神」
写真のように、一刀彫の恵比寿大黒像が小箱におさまり(初穂料2000円)、これがなんとも可愛らしく。さらに、この二神のご利益=国土経営、夫婦和合、縁結び、商売繁盛、医薬健康、開運招福...をまとって我が家にいらっしゃる。
...たぶん。

そして、1月14・15日の大黒祭には、境内には、恵比寿サマと大黒サマがいらして、なぜか流れる「商売繁盛でささもってこい!」のアナウンス。参詣者たちは、大阪の「十日戎」のように福笹を求め、思い思いに選んだ縁起物をぶら下げていたりします。
そして、福笹を授与されれば、それぞれ恵比寿さんには、「福鈴のお祓い」を、大黒さんには「内手の小槌のお祓い」までもしていただける。
明かせば、むろん、被りお面に装束による扮装ですが、お傍でお会いすればそうと侮れないありがたさです。

さらには、きたる2月3日の節分祭にも。
恵比寿さん&大黒さんは、舞の奉納やら豆まきやらとまたも大活躍するんだとか。
ああ、これは、忘れずまたもお参りしなければなりません。

さて、大己貴命=大黒さん、少彦名命=恵比寿さんと、同神格になった由来をおおざっぱに。
大己貴命は、別名の大国主命のダイコクの文字が由来で、もとはインドのカミサマだった大黒(ダイコク)さんと習合、大己貴命=大国主命=大黒天ということになっております。
一方、少彦名命は、ガガイモというマメ科の植物で作った小さな船を濃いで海からやってきて、また海の向こうの常世へ行ってしまったカミサマで、おそらく「海」つながりということで恵比寿さんと同じカミサマとする説が生まれた。
ちなみに、恵比寿さんは、イザナギ&イザナミの間に骨のない子=蛭子神として生まれ、海に流されて、いつしか今の恵比寿神のお姿で帰っていらしたともされる...なので「海」つながりってことです。

もちろん、これらは、神田明神オリジナルの解釈ではなくて、様々な説があり、そのおひとつを採用されたというお話かと。
ああ、つまり、カミサマ方のお話は、古すぎるぐらい古いので、その物語は様々にて、どこかの時代に都合よくも解釈された風も有り当然のごとく奇想天外、すっきりしないものなのです。
でもそこが面白くもあり、たとえば、恵比寿&大黒さんは、民間信仰の代表格。
神田明神のご祭神に関する解釈は庶民の側を向いていたからこそ...ともとれて、それが、江戸の庶民のココロをぐぐいとつかむ役割を担っていたのかもしれません。
...想像ですが。
by michiru-hibi1007 | 2012-01-15 18:22 | 小さなカミサマ・縁起物