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1日1つの「日本的!」な楽しみ


by michiru-hibi1007
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閻魔詣と十人の審判官

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江戸人たちも見上げた新宿太宗寺の閻魔サマ
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そして、実はこっちのほうが恐ろしげ...な脱衣婆サン。

正月と7月の16日は、閻魔の賽日、閻魔様のご縁日。
そこに、商家の奉公人たちの少ない休日「薮入り」が重なって、この日ご開帳される江戸市中の閻魔サマは、もう大変な賑わいだったんだそうです。しかも、閻魔堂の数も相当数、ちなみに『東都歳時記』(斉藤月岑 1巻 東洋文庫)に記載の寺を数えてみれば、なんと58箇所もありました。

閻魔詣で賑わう寺の門前には、参拝客目当ての見世物小屋や屋台なども繰り出して、若者たちの一大レクリェーションだった気配も濃厚。閻魔帳を元に死者の弱みをアレコレ握っているのも恐ろしければ、見かけも憤怒の形相。そんなお方の縁日であるというのを忘れそうなこのはしゃぎようはなんなんででしょうか?
...と不可解にも思いますが、ネタを明かせば、この日閻魔サマをお参りすれば、日頃の罪を許してもらえるということだった。
ああ、なるほどですね。

「そうゆうことなら!」と真に受けているわけではありませんが、今年も閻魔詣に出かけてみました。昨年の小石川は蒟蒻閻魔サマにひきつづき、今年は新宿太宗寺の閻魔サマと脱衣婆サマをお参りする閻魔詣。上の二枚の写真はその記念にちょいと写させていただいたものです。
閻魔サマは丈六仏と呼ばれる巨大な像で、それが鎮座し、ぐわっと上からにらみをきかし、傍に控える脱衣婆サマは、脱いだ着物の重さでヒトの罪を計るという...ああ、恐ろしげですがかなりの見ごたえ。
しかし、現代の閻魔堂のあたり、人ごみどころか、ただひたすらに物寂しいばかりです。うーん、現代人は忙しく、罪の許しを請う暇もないってことでしょうか...。

ところで、この閻魔サマ。地獄のアレコレ及び死者の行く末などをひとり独占なさっているかのように思われがちではありますが、地獄の死者の裁判官は、閻魔サマを加えて十人ほどがいらっしゃり、それが、四十九日までの法要と、一回忌三回忌などと紐づいている...ってご存知でした?

この地獄思想によれば、落ちたその場が地獄なのかどうなのかも分からないうち、死者はいやおう無く審判を受ける旅路へ。それらがまあ大変で、内容の一端に触れるだけでも、もう生きているうちは善行を積むに限ると思うほどの苦難の数々が繰り広がります。
この地獄の捉え方、もとは唐の時代の中国から渡ってきたものですが、その詳細なる地獄ワールド...つまり、そこを死者がわたってゆく段取りやら、地獄の王たちをはじめとするキャスティングやら大道具&小道具の立て付けやら...は、さながら非常に出来がいいロールプレイイングゲームといった感じ。
...って罰当たりですかね。一応、はばかりながら小さい声で言っておきます。

とにかく、その創造力たるやすごいもの、せっかくなのでそのいったんだけでも以下にまとめてみましょうか。

さてさて、仏教式で弔われた死者がここにいらっしゃるとします。
白装束を身に纏いいざ死出の旅へと歩みだしてみたものの、さっそくそれは800里も山道を歩く苦難の旅。しかも、馬や牛の頭を持った鬼たちが鉄の棒をもって邪魔をする...ってな具合なんだそうです。
「ええっ!聞いてないよ!」と、言ったところでだれも助けてはくれません、とにかく最初の7日間で、なんとか、この苦難の旅を終えねばならない。そして、行き着いた場所は最初の審判官・秦広(しんこう)王の前です。

◎秦広(しんこう)王の審判は、書類審査のみ、結局、ここで結論が出るのは稀だそう。ちなみに、現世ではちょうど初七日の法要を営み、ここでよき世界に成仏できるよう供養します。
が、旅がまだまだ続くわけですから、現世の供養もそれを見越し、初七日の法要は、この先に来る三途の川を無事渡れますよう祈願する意味合いもあわせ持つんだそうです。

次に、たちはだかるのは、現世においてもポピュラーな「三途の川」
川幅約600キロ...って、「ええっ!う、うそ!」とひるむしかない広さの川を、死者は、これから渡らなければなりません。しかも、罪の具合によって、浅瀬を徒歩で渡る楽なバージョン、及び引路牛頭(ごろんず)という鬼に追いたてられ、さらに毒蛇のいる淵を泳ぐといった苦難バージョンまでが用意されているらしい。
そして、罪無きヒトには、金銀瑠璃玻璃の橋・「有橋渡」まで用意されているって具合。
あれあれ?まだ審判は始まったばかり。つまり三途の川は、死者の罪の重さをここでもう知っているということでしょうか?この川を渡る状況によって、死者は己の罪をそこはかとなく知る...ってことなんでしょうか?
うーん、ちょっと不明ですが、とにかく三途の川は、初七日の次の7日をかけて渡るんだそうです。

ちなみに、室町時代辺りから、この三途の川にも渡し舟があると考えられるようになり、その船賃が六文銭。白装束を整える時、袋に銭を忍ばせるのはこんな謂れから生まれたもののようですね。

三途の川をようよう渡りきれば、そこには、「衣領樹(えりょうじゅ)」という一本の木、枝の上には、懸衣翁(けんえおう)、下には奪衣婆(だついば)という鬼がいます。奪衣婆は、新宿・太宗寺にもいらっしゃったあのお方ですが、あっという間に死者の衣装を剥ぎ取って、懸衣翁がそれを衣領樹の枝に掛ける。枝で罪の重さを測るんだそうですが、その数値はすかさず次の審判官に報告されます。

◎初江(しょこう)王の審判
没後14日めに、死者は、裸で王の前へ。審判は衣領樹に掛けた着物の重さ(=罪の重さ)に、前世の悪行&善行を加えて引いて下されるそうですが、ここでも結論が出なければ、やはり次へとまわされます。

◎宋帝(そうだい)王の審判
この王は、「業関(ごうかん)」という関所の向こうにいらっしゃり、関所前には、16の角、12の目を持つ鬼がいるんだそうです。死者はあっという間に首枷をはめられ引きづられるように王の前に引き立てられる。没後21日目のココでの審判は、殺生、邪淫の罪などが裁かれるんだそうです。
そして、結論がでなければまたまた次へ。

...なのですが、ここにまたも難関「業江」という熱湯の川が横たわっています。川幅500里といいますから、約1 963キロメートル!しかもそこには、毒虫が住み、悪臭漂うとか。うーん、三途の川よりひどいじゃあないの。しかし、死者は、とにかく前へすすまなければならない。

◎五官(ごかん)王の審判
没後、28日目の審判は、妄語、つまり嘘をついた罪を裁くんだそうです。
裁きの道具は「業秤」と呼ばれる天秤。
一方には大石を乗せ、もう一方には逆さになって死者が乗る。そうして嘘をついた罪の重さを量るのですが、万一それが石より重かった場合は、舌を抜かれるのだそうです。
あれれ?でかいやっとこで舌を抜くのは、閻魔サマではなくて五官王の役割だったみたいですね。

◎閻魔王の審判 
35日目は、地獄の主神とも呼ばれる閻魔サマのお裁きです。なんかココまで来ると聞きなれたお名前が懐かしいほどですが、閻魔庁の裁きはさらにさらに厳しいようです。
法廷には、八面鏡と呼ばれる大鏡がすえられて、そこには、生前のすべての行為と現世の法要の様子がビデオさながら映し出されております。
さらには生を受けた瞬間からヒトには閻魔サマの見張り(=同名、同生というらしく)がついていて、すべての善行・悪行がすでに報告されているのだとか。
またまた、「ええっ!うそ!」
で、その報告書が閻魔帳。それももちろん閻魔サマの手元にあります。
かつてはコレを知ってか知らぬか、35日の法要はかつてかなり重要視されていたそう。なにせ、八面鏡に写った追善供養の様子まで審判の証拠にされてしまうんですもの当然でしょうか。
かえって、現代の法要が、ここをはしょってしまっているのが謎であるとも言えるほどです。

ああ、まだ5人の王か。まだまだ先は長そうです。

42日目の変成(へんじょう)王の裁きは、五官王と閻魔王の裁きの再審。
そして...。
泰山(たいざん)王で、やっと49日を迎えます。
泰山王の裁きはほかにはないユニークさ。王の前には6つの鳥居があって、死者は自分でどれをくぐるか自ら選ぶように命じられます。
くぐった先は転生の世界、天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄が続いているんだそうですが、鳥居の手前でそれがどこに続くのかは分かりません。
が、その一瞬ですべてはきまってしまうのです。
だから、迷うことなく上手く成仏できるように、四十九日の法要も、ことさらに重要な意味を持つというわけです。こちらの法要は、現代であってもしっかりなされていて、少しほっとしてみたりします(笑)。

◎さあ最後、残りの三人の王は、再審担当
百か日目の平等王、一周忌の都市王、そして三回忌の五道転輪王とつづき、これら三人の王の審判は、またまた現世の追善供養の有無や質も考慮される。
つまり、あの世に旅たった者のため追善供養するものがいないなどは言語道断。そんなやつは地獄へ落ちるのも止む終えない...って判断が下されてしまうんだそうですよ。

うーん。
これらの話が本当ならば、これは、ヒトは死して尚、相当な苦労が待っているってことでしょうか?
いやたいへん。

ちなみに、閻魔詣のその日には、この十人の王のそれぞれの審判の様子を描いた十王図が公開される寺も数多く。その描かれた一枚一枚が、また観てきたような臨場感。
年に2回、閻魔サマをお参りがてら、地獄の様子を垣間見れば、「ああ、やっぱ、日々善行を積もうとするがいちばん楽な方法か」
...きっとそんな風に思うはず、いやはや上手く出来てるものです。
ということで、夏の閻魔詣になったら、是非ともご覧になってくださいませ。
by michiru-hibi1007 | 2012-01-16 13:47 | 年中行事・祭・縁日